「インタビュー 〜 三条まつりを支える人々 〜」、第一回目は三条八幡宮奉賛会でご活躍されている松崎 孝史さんにお話を聞きました。
〜三条八幡宮奉賛会について〜
インタビュアー(以下、I):まず、「三条八幡宮奉賛会」という組織について教えてください
松崎さん(以下、M):三条八幡宮が三条まつりを含む1年間の行事を執り行うための資金を集めるための組織です。三条まつり以外の行事には年末年始の行事や、1月15日の献灯祭などがあります。
I:資金はどのようにして集めるのですか?
M:3月中旬くらいから三条まつりの間の2ヶ月間に集中して、協賛していただける三条市内の個人や企業の皆様の所へ出向いて、ご協力をお願いしています。
〜三条まつりの特色〜
I:三条まつりの大名行列の特徴とは何ですか?
M:三条まつりの大名行列は京都の葵(あおい)祭に似ているところがあります。日にちも5月15日という同じ日に開催されます。三条まつりの大名行列は関東のお祭りとは違って最初から盛り上がって始まるのではなく、静かな立ち上がりで始まり、田島の諏訪神社までゆっくりと練り歩いて行きます。そして、最後に舞込みという儀式で一気に盛り上がって終わるというなんとも奥ゆかしくて、それでいて最後の方には日本的な祭りの盛り上がり方をする一面を持っていますね。
I:確かに三社祭などの関東の祭りは最初から盛り上がりっぱなしですよね。
M:三条まつりでは最後の舞込みで神輿を拝殿に入れる時にもみ合いますよね。重い神輿や太鼓を長い距離担いで来て疲れているから、担ぎ手は早く拝殿に入れたい。でも奴(やっこ)は年に1度の晴れ舞台だから祭りを終わらせたくなくて、片付けようとする神輿を追い出そうとする。そこで激しくかち合ってもみ合いになるんですね。そこが三条まつりのクライマックスで、一番盛り上がる所なので、是非見ていただきたいですね。
I:大名行列の衣装では烏帽子をつけますよね。その辺はやはり京都の影響なのでしょうか?
M:あまり詳しくは分かりませんが、その辺の成り立ちについては三条の私立図書館に三条まつりの歴史を記した本があるので、参考にしてみてください。
〜神明宮の御神輿との違い〜
M:関東の祭りってかけ声が「わっしょい!わっしょい!」じゃなくて、「せいや!せいや!」じゃなかったですか?。
I:ハイ、そうです。三社祭はそうです。
M:神明宮の御神輿を担ぐ時のかけ声は「せいや!せいや!」でしょ?
I:ハイ。ということは神明宮の御神輿は関東スタイルになるんでしょうか?
M:そうなると思いますよ。
I:担ぎ棒に上がって団扇で煽る所もそっくりですよね。
〜子供大名行列の復活〜
M:「子供大名行列」というものを復活したいなと考えています。
I:「子供大名行列」というものがあったんですか?
M:昔は存在していましたが、今は無くなってしまいました。実は道具や衣装は全部残ってるんですよ。
I:今の大名行列には「鷹匠」や「稚児」という子供がやる役割がありますが、それはその名残なのでしょうか?
M:そうだと思います。.
I:本当はあれ以外にも、子供がやる他の役割の種類がたくさん存在する。
M:昔の大名行列はすごく長かったんですよ。今の2倍くらいあったと聞いています。
I:大人の隊列の合間合間に子供達の隊列が入っていたのですか?
M:いや、それはわかりません。だいぶ前に無くなってしまっていますから。
I:それは30〜40年前くらい?
M:いや、もっと前だと思います。
I:戦後すぐとか?
M:う〜ん、ちょっと見当はつかないです。
〜奴さん達が代々保管する日誌〜
M:奴さんの所へは行きましたか?
I:いえ、まだです。
M:奴さんの所には代々ずっと保管している日誌があるんですよ。その日誌には、戦争で大名行列に出れなかった無念の想いが綴ってありますよ。是非、そこは取材して来てください。もしかすると「子供大名行列」の記述もあると思います。
〜明治時代と大正時代の大名行列の写真〜
I:以前、三条市立図書館に保管されていた明治時代と大正時代の大名行列の写真を見た事があるんですよ。その時代はその祭りくらいしか娯楽が無かったんでしょうけど、人垣が5重6重になっているんですね。本当に驚きました。
M:そういう資料と合わせて、奴さんの日誌と照らし合わせるのも面白いと思いますよ。大名行列の歴史をひもとく上で。
I:今日は貴重なお時間をありがとうございました